聖女伝 シナリオ紹介

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サレナ記 第2幕

 

(製品版と若干表記が違う場合があります)

 

 その異教徒の青年が感謝とともに我が家を発ち、入れ替わりに母が公衆浴場から帰られると、私はことの顛末を母に全て話した。

 母は不機嫌さを隠そうともせず、邸内の全ての奴隷、父についている奴隷以外の全員を居間に集め、説教をした。

 私はあの青年から奴隷を叱らない様に言われていたが、彼に対する慈悲と家事の管理とは別問題のように思われたので、母のするままにさせていた。

「奥方様・・・。そのキリスト教徒を家に入れたのは・・・私でございます・・・。」

 母の尋問が始まると、奴隷の一人はあっさりと自ら名乗り出た。

 当たり前のことだが奴隷は勝手に客人を招いてはいけない。

 邸の財産は全て家人の物であるのだし、その客人がもし何かをしたら ― 例えばまさにあの青年が庭の果実を勝手に食べていたように ― 奴隷がそれを償えようもないのだから。

 母も奴隷の叫び声を聞くのを嫌っていたが、今回だけはやむを得ず、鞭打ち10回の罰を与えることにした。

「しかし、何故勝手にそんなことを・・・。乞食は確かに哀れですが、そんなことをしていたらローマ中の乞食が家に来てしまいますよ。」

 するとその奴隷は首を横に振りこう言った。

「違うのです。彼は乞食ではありません。ただ迫害され、往来で暴力を受け屈していたので、連れてきたのです。」

「そんな人はローマじゅうにごまんといます。何故その時だけ気にかかったのですか。」

「それは彼がキリスト教徒ゆえに迫害されていたからです。そして、私もキリスト教徒だからです。」

 場内の全員の表情が驚愕に歪み、場の空気は凍りついた。

 母は説教の間中、悪し様にキリスト教を批判していた。

 子殺し、動物との性交、ロバ崇拝、怪しげな舞踏の儀式。

 母が聞いていたキリスト教の噂も私と大差ないものであった。ローマではややもすれば常識として確立しつつある。

 まさかキリスト教徒が近い関係にいるとは思わず口に出た発言だったが、奴隷の告白により危険が顕在化してしまった。

 別に奴隷は宗教を隠していたわけではない。

 奴隷の間では皆知っていることなのかもしれないが、家人は奴隷の宗教にまで関与しなかった。

 ローマの神でなくギリシャの神を崇めるものも多い。この二者は共通点が多いのだから。エホバの神でも誰もとがめない。

 しかしこのキリスト教だけは、ことローマにおいては敵意を持って一般市民に受け入れられていた。

 だから、奴隷の一人がそれに加担していたと聞いて、母の驚きは尋常ではなかった。

「しかし、キリスト教が子供を煮たり、不倫を推奨しているというのは大きな偽りです。全くの出鱈目です。」

「・・・。

 あなたは真面目に家に仕えてくれたけれども・・・。そんな恐ろしい人を置いておく事はできない・・・。

 明日にでもここから出ておいきなさい。」

サレナ「待って、お母様。」(0201)

 突然私が喋り出したので、一同は驚き一斉に私を見る。

サレナ「彼の宗教はそれほどおそろしいものではないそうよ。子殺しやロバのことは、皆嘘だって。」(0202)

「しかし・・・、いくらなんでもキリスト教徒を置くわけには。」

 特に貴族の間での偏見が強かった。キリスト教の敵対者は、ローマの支配者階級から情報による攻撃を始めたのだ。

 母の反応は当然のもののように思えた。

サレナ「お母様、彼の今までの働きをご存知のはずよ。私達があまり鞭打ちを命じないで済んでいるのは、彼らの献身のおかげなのだから。」(0203)

「・・・。」

 母もおそらくそこまで強い確信を得てキリスト教を批判しているわけではない。

 父からか、貴族の夫人同士の会話からか。何となく、何かのついで面白半分に聞いたに過ぎない。

 母はしぶしぶ承諾し、しかし家の中で儀式などを開催したりは決してしないことと、勝手に教徒を上げたりしないよう厳命した。

 救われた奴隷は私の前に膝をつき、何度も十字を書いて感謝の言葉を述べた。

 この十字も彼らの宗教の特徴なのだろう。

 一体何を示しているのかは分からなかったが、母に逆らってまでこの宗教に寛容になった理由が自分でもよく分からなかった。

 ただ、もともと自分には、ローマの神々やギリシャの神々があまりにも人間臭く、ややもすれば貞節に欠ける不道徳さを持っていたことが気に入っていなかったのだ。

 だから、私は神をそれほど信じず、人々の正義と愛のみを頼りに生きてきた。そのことが今回の結果をもたらしたのだろう。

 ローマ市民に愛されていた皇妃オクタヴィアが死んだ報は、私が思った以上にローマ市民を重い気分にさせ、彼らの気力を挫いていた。

 現在の皇帝の側室であるところのポッパエアに比べれば、それほど目立つ存在ではなかった。

 人々の口々にオクタヴィアの話題が上ることもなかった。

 その意味では、口の中が乾ききるまで延々と支配者を罵倒するローマ人達の間で、その俎上に上がらなかったのは、言い換えれば人徳者だったということだ。

 そんな人が、内乱を企図したとして孤島に幽閉されたと言うのだから、この不確かさ、覚束なさは口に出せない不安となって市民の間に蔓延していた。

 市街をあてなく散歩するだけで、既に10名以上の有力者、政治家が反逆罪で処刑されたという噂を耳にした。

 皆は口々にネロ帝の事を天上の王に比する偉大な君主だと噂している。しかし、それならば、何故そんな方に対し反乱を企てる者が後を絶たないのか、ということについては議論しない。

 市民はいつだってそうなのだ。

 支配者に不平を言いながら、彼らが牙をむくと恐ろしさに震え何も言わない。

 私もそうだ。辛い思いをして死ぬのは嫌だった。

 人の愛を受け、人に愛を捧げ生きていきたい、死んでいきたい。

 その前に子を産み、その子に将来のローマと世界を託すのだ。

 私が神に与えられた使命はそれだけだ。その使命を授けた神がどんな名前でどんな格好だろうとかまわないではないか。

 そう思いネロ帝の即位の前から存在する、古い旧劇場の前を通りかかると、女の叫び声がした。

 振り向くと、一人の男を、甲冑で武装したローマ兵が取り囲み、棒で殴ったり蹴ったりしている。

 盗賊だろうか。しかし、盗賊であればさっさと連行すれば良い。

 何故こんな路上で。皆の眼の前でこんな蛮行が行われているのだろうか。

 見ているのも辛い暴力の嵐だったが、やがてマルスの血にみなぎったローマ兵たちは満足し、包囲を解き、去っていった。

 死んだようにうつ伏したその哀れな人間を、市民達は遠巻きに見るだけで誰も近寄らなかった。

 彼は当然それだけの仕打ちを受けるに値する悪漢だと誰もが思っていたのだ。私を含めて。

 だから、「おかわいそうに」と声をかけることすら、同僚とみなされる恐怖から、皆ためらっていた。

 私は、それでももし本当に致命傷で、裁判にもかけられずに行われた乱暴によって死ぬようであれば、拾って治癒してあげなければ、とも思っていた。

 しかし、近づくとその男はそこで腰を上げて両膝をつき、昨日も見たあの仰々しい、十字を描くしぐさをした後にこう言った。

「神よ、神様よ・・・。私に乱暴を振るった彼らの罪を赦されますように・・・どうぞお赦しくださいますように。」

 身体の中でゾワッとした感触が這い上がるのを感じた。見たこともない恐ろしい蟲を見たりしたときに感ずるあの恐怖だ。

 この人は精神を病んでいるのだろうか。それとも過剰な保護を神に要求することで皮肉っているのだろうか。

 どうして痛みつけられ、殴られた彼が、殴ったローマ兵たちを許すことを開口一番お願いしたのか知りたくて、私はつい無警戒で近づいていってしまった。

サレナ「・・・あの・・・。お怪我は大丈夫ですか・・・?」(0204)

 自分に話しかけられたことに驚き彼は一瞬立ち上がろうとするが、すぐに笑顔に戻り私におだやかに答えた。

「ありがとう、優しいお嬢様。たらふく殴られましたが、骨はどこも折れていないようです。神のご加護によるものでしょう。」

 骨が折れてなければありがたいとは、彼らの神はなんと安上がりな信徒を見つけたのだろう。

 しかしいずれにせよ服はちぎれ、赤い斑点が新たな模様を象っていた。

 その人は去ろうとしていたが、私はとっさに制止し、

サレナ「私のお家においでになりますか? ひどく服も汚れて・・・血が出て・・・。」(0205)

 私の父よりは若干若い感じの壮年という感じの風貌だったが、身も知らぬそんな男を家に招くなど、常識では考えられない大胆さだった。

 ただ、私はこの時どうしても彼から少し話を聞きたい気分だったのだ。

 彼は私の提案を特段驚くこともなく、しかし心底ありがたいといったおもむきで、

「ありがとうございます、お嬢様。

 しかし、そこまで恩恵に与るのも恐縮ですし、実は大事な方の説教がそろそろ始まる時間ですので、私はそこに行きたいと思っているのです。」

 ここまでミステリアスな宗教の人間が、これから大事な催し物が始まり、それに行かねばならないと言っている。

 私の好奇心をこうも刺激したことは今までそうそうなかった。

 何度も何度も私に深く祈りをし、去ろうとした男を再び呼びとめ、私はこう言った。

サレナ「・・・あの・・・。もしよろしければ・・・。その説教に私が参加することは出来ますか。」(0206)

 男は今まで私が提案したあらゆる施しよりも、それには比べ物にもならないくらいの喜びを満面に浮かべ、うなづいた。

「もちろんですとも!お嬢さん。しかし、あなたは私達の神様のことをご存知なのですか?」

 私は昔聞いた言葉を思い出し、言ってみた。それは彼の気持ちを更に高ぶらせるに十分だった。

サレナ「知ってますわ。『クリスチャン』・・・でしょう?」(0207)

 私は彼の導くままに、市の片隅の、貧民が多く集う地域に向かい歩き出していった。

 親に内緒でそんなところへ行く、非行ともいえるこんな体験は、生まれて初めてのことであった。

 

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